新曲「永訣の朝」制作コソコソ裏話

こんにちは。Ashです。

 

先日、宮沢賢治の文学作品を題材にした新曲をニコニコ動画とYouTubeに同時公開しました。

公開にあたり、こんな長い曲最後まで聴いてくれる人いるだろうか……とか、この世相ならもっと明るい曲を作るべきなのでは……とか、何より宮沢賢治のこの名作にこんな好き勝手を働いて方々からお叱りを受けないだろうか……などと様々葛藤や心配がありましたが、今のところそういった気配はなさそうで本当に本当にほっとしています。

 

この「永訣の朝」に音楽を作ってKAITOとミクに歌わせるという構想は、実のところ相当に前からずっとありました。

が、長年冒頭のワンフレーズと「あめゆじゆとてちてけんじや」のフレーズしか思い付かないまま、かれこれ10年近く懐であたため続けられている状態になっていました。

ところが、この初夏あたりから急に続きの部分がするするする……っと湧き出てきて、気がついたら卒制を超えるボリュームのブツが書き上がっていました。正直自分も引きました。

 

背景に、鬼滅の刃のアニメの存在が多分にあります。

劇場版とアニメはいずれも元々試聴していたのですが、「そういえばこの物語、賢治の生きていた時代と同時代だ」と気づいた途端、世界観の解像度が上がった気がしました。

鬼滅は時代設定をとてもよく研究して描かれていると聞いていましたし、加えてアニメの雪景色のリアルさ、同じく兄妹愛を描いた作品という点でイメージがシンクロして一気に膨らみました。

その結果が約7分半というボリュームです。こいつは驚いた……

 

そして、普段は自分の作った曲に関してあんまりいろいろ書いたりしないのですが、今回はなんとなく少しだけ書きたいので製作中の小話を書きます。以下お暇な方のみどうぞどうぞ。

アイスクリームの消失

宮沢賢治の詩を歌にするにあたって、本当は一字一句取りこぼすことなく全文をそのまま歌にしたかったのですが、全文のままだとどうしてもうまくメロディを結べず、力量不足によりやむなく今回一部の節や単語を削っています。

しかし、まだこの構想がぼんやりとした靄のような何かだった頃から、これだけは絶対に削ってはいけない、載せなければならないと決めている部分がありました。

それが、

 

どうかこれが天上のアイスクリームになつて

おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに

 

の一節です。

詩の終盤、茶碗に掬ったみぞれをアイスクリームに例えて、死にゆく妹やあるいは皆の幸いを一心に願う賢治の心が描かれている部分。

詩の最も重要な締めくくりのこの部分は絶対に欠かせません。そして、KAITOに歌わせるにあたってもこの部分は絶対に外せません。

そう思いながら、まずはあらためて全文を読んでみようと検索をかけ、最初にヒットしたページで永訣の朝全文を読んでみると……

 

……あれ?

アイスクリームが……無い……?

 

この一節を確実に記憶していたはずなのに、その部分が見当たらない。別のサイトで読んでみても、やっぱりない。

混乱しながら自分の持っている宮沢賢治の本を本棚の奥のから引っ張り出して見てみると……こっちにはちゃんとアイスクリームがある!!

そこで初めて、「天上のアイスクリーム」が「兜率の天の食」と書き換わっていることに気付きました。

兜率の天の食……とは何ぞや。まず漢字が読めない。

 

気になって色々なサイトを廻って調べたところ、賢治は当初「天上のアイスクリーム」と書きた部分を、後に詩を手入れした際に「兜率の天の食」に書き換えているそう。

なぜそのように書き換えたのかについては様々研究が為されているようですが、賢治の宗教観や妹の死という出来事を受容した心情の変化によるものと考えられている……とのこと。

この書き換えについて考察されているブログ記事などは多数ヒットし、いくつかまわって読みましたが、【アイスクリームが良いと思う派】と【兜率の天の食が良いと思う派】がどちらもいて面白かったです。

いろいろ読んで考えた末、今回はやはり「天上のアイスクリーム」を採用することにしました。

後から書き換えたのであれば、賢治の意図としては「兜率の天の食」の方がより表現としての核心に近いのかもしれませんが、「天上のアイスクリーム」が最初に出た言葉であるのなら、そちらの方が妹トシの死の直後の嘆きの感情に添っているのではないかと考えました。

また、トシの療養中、賢治は牛乳などの材料を集め、病院の機械を借りてアイスクリームを手製し食べさせていたと記録も残っているとか。

茶碗に掬われた雪の溶けかかった様子に、そのアイスクリームが重なったのかと考えると、やはり賢治の印象にそれほど鮮烈に残っている食べ物だったのではないかと思います。

そして、全体的にひらがなが多くやわらかい言葉が使われているこの詩には、この唯一の横文字が何となく可愛らしいなと個人的に思っています。

「とそつのてんのじき」の方が、はっきりとした子音が多くて多分KAITOの調整的には楽だったと思いますが。

 

ちなみに私は、もともとはこの詩の直前に収録されている「原体剣舞連」の方に惚れ込んで、これが収録されている本を自身で購入したのをきっかけに「永訣の朝」を知りました。

その本が初版原稿の方を採用していたため、私はずっと「天上のアイスクリーム」しか知らなかったんですね。

動画のコメントやツイートなどをチラチラと見ていると、「授業でやった」という言葉を何度か見かけて微笑ましく思うとともにそれはどこの会社の教科書ですか!?!?!?いいな!!!私も教わりたかったないいなああぁ!!!!!!!という気持ちになっています。

今これを現役で習っている学生さんなどもおられるのでしょうか。

是非予習復習のおともにこの曲を……と言いたいところですが、省略部分があったり採用原稿が違ったりして間違って覚えさせてしまうかもしれないですね😅

 

ところで

私11月14日にこんなツイートをしているのですが。

ボーカロイドを触ったことがある方にはおわかりのとおり、先の「アイスクリーム」の部分です。

(ちなみに私はボーカロイド購入当時から歌詞入力はローマ字派です。入力スピードが早いのと子音と母音を切り離して考えやすいためです)

そして更に勘の良い方はお気づきかもしれませんが、これノートがすっぴん状態です。

11月14日の時点で調整が手付かずだったのかというと、全然そんなことはないんですよ。

むしろダイナミクスもピッチも粗方調整し終えて、楽曲制作としては佳境の段階でした。

 

はい。

 

なぜか、ラストのKAITOのボーカルの「お前の食べる〜」以降のノートとベロシティだけを、すっかり調整したつもりですっぴんのままにしており、しかもこのツイートの時点でなおそれに気づいていませんでした。(もっと後日に気づきました)

これがどういう状況か他のものに例えると、

ウナギに必死にタレを塗り付けたものを御重の上に載せて、客に提供する直前になってそれが生だということに気づいたような状態です(???)

進捗状態的に超絶焦ったことは言うまでもありません。

多分KAITOも困惑していたことと思います。

 

 

このほかにも、この曲を作りにあたってめちゃめちゃにこだわった点とか、次に曲をミックス〜動画作成する段階の自分に引き継いでおきたいツール的なポイントとかいろいろ書きたいので、年内にまた何か書くかもしれません。

またお暇な時にお付き合いくださいませ〜